ひたひたひた………。
 あたしは気付いていた。今あたしの後をつけてきているのが“そいつ”だということを。やばいやばい、絶対やばい。今度こそ…今度こそ殺される…。

 あいつの存在に気づいたのは半年前。友達同士で撮った写メの背景にたまたま写っていたのが最初だ。その時はたまたま後ろを通り掛かった人がカメラの方を向いただけだと思っていた。
 とはいえ、ピントの合ってない背景は目鼻さえ判別できないような解像度の低い写メだったにもかかわらず、妙にそいつの顔が脳裏に焼き付いてしまって、忘れようとしてもかえって思い出す始末だった。
 それからひと月後。突然の寒気に襲われたあたしは、原因がネットリした視線によるもので、そのヌシがグラウンドの反対側の植え込みの中に居る事まで感じとった。
 しかも普通なら視力的に無理な距離なのに、深夜アニメとスマホゲームでダメにした左右ともに0.1以下のつぶらで乱視の私のオメメは、そいつが“あいつ”である事まで判ったのだ。言い知れぬ恐怖があたしの中を電撃のように突き抜けた。

 勿論いろんな人に相談した。最初はみな真剣に取り合ってくれたものの、すぐに相手にもされなくなった。なぜか第三者には写メに写ったあいつの姿さえも見えなかったからだ。そんなものはないと言うのだ。だからこそ私は心底怖ろしくなった。口裏を合わせているのかと友人以外にも見せたが同じ反応だったのだ。
 ついにあたしは被害妄想扱いされるようになった。
 しかしこのままではいつかあたしは殺される。その時になって「あれは本当だったのねぇ、疑って申し訳ないことをした」とあたしの遺影の前で泣き伏されても手遅れだ。その時になってホエヅラかくな!…いや、それ以前にあたしが殺されてはたまらない。
 ハァ。…ひとりボケツッコミも虚しくorzな気分にひたってるとき、フトあたしはあることに気付いた。
 第三者に見られることを嫌うのなら、いつも誰かと一緒にいれば良いって事に。
 それからだ。百合だの腐女子だのと、男子ばかりか漫研の女子にまで言われるほどあたしは常にクラスの女子の誰かにくっついて行動した。そりゃ付き合ってる男子とかがいればベストだが、トイレや更衣室までガードしてもらうわけにいかない。
 そんな自衛策が功を奏したか、しばらくあいつは現れなくなった。

 そして先日、友達との沖縄旅行の記念写真にあたしは血の気を失った。
 碧く広がる沖縄の海と空。水を掛け合ってはしゃぐあたし達の足元、底まで透き通った水の中にあったのは、あいつの顔だった。それでも皆は思い過ごしだと取り合ってくれなかった。それからまた数ヶ月はなんとか無事だった。しかし。
 そいつが今、ついにあたしから数十メートルのところに迫って来ているのだ。もうなりふりなんて構っている場合ではなかった。

「あっ!いいところに」
 次の角に巡査がいた。若くて頼りないが、この際渡りに舟、地獄で仏である。
「お巡りさーん!!」思わず大声で呼んでしまった。しかしそいつはボサッと立ったままで無反応だった。こちらに視線を向けている癖に、あたしが助けを呼んでいるのが判らないようである。
「ちょっと、あんた!!」あたしは駆け寄って警官の顔の前で手をヒラヒラさせたら、初めて大きく眼を見開いてすごく意外そうな顔で自分を指差して言ったものだ。「え、お、俺!?」
「あんたしかいないでしょっ」
「え。まあ、確かにそうだが」
「お願い!あいつを捕まえて」と今来た方角を指さす。
「なんで」
「ストーカーよ、ストーカー!!」
「えっ」
「え、じゃないわよ、しっかりしてよ!!」さすがにこの言葉はムカついたらしい。「失礼な人だな。」
「どっちが失礼よ、一般市民が助けを求めてるってのに!!」
「あ…そうか。それは…すまない。まさか俺に声を掛ける人がいるとは思わなかったもんでね。それにあいつなら多分、害はないよ」
「はあああああ?」
「気付いてないんだな。あんたが見ているもんは誰にでも見える訳じゃない」
「……え…?」
「まあ、たまに写真に写ることはあるけど、それだって見える人とそうでない人がいるらしいし。」
「へ?」
「俺だってそうだ。」
「へ?へへ?」
「あんた、俺が見えている時点で普通じゃないんだよ」
「…へ?へへ?へへ??」
「ほら」
 高慢な巡査は制服の前ボタンを開けた。
「俺、口のききかたがコレじゃん?相手にキレられて職務質問中にブスリさ」 
 真っ白なシャツの中ほどを朱に染め、ちょうどアバラの下あたりに刺さったまま下向きにぶら下がっているナイフの柄を見たあたしはただ口をパクパクさせるだけで精一杯だった。
「俺は地縛霊、あいつはいわゆる浮遊霊ってヤツさ」



《幕》


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