「起きろ!! 大変だ。おおい、おお〜い!…くそっ!」インターホンは壊れているのか。この大事な時にいくら呼んでも控えのチャーリーは起きてくる気配すらない。
こっちは古くさいインターホンのボタンに手を伸ばす手間さえ惜しい状態だというのに…!壊れていても無理はない。この研究所ができてからというもの、何一つ緊急事態など起こらなかったのだから。
だが起こしに行ってるヒマはない。次から次へとメッセージが届いているのだから。どこからかって?驚くな、宇宙の彼方だ!
半時間前に湯を注いだ夜食のカップ麵がもうエラいことになってたが、そんな場合じゃない。人類にとっての一大事なのだ。
ここは地球外知性対象深宇宙探査用超広範囲傍受計画地上設備──通称『モシモシ誰か』基地。建っているのは鳥も通わぬ不毛の土地。他にあるものといえば、昼はどっちを向いても紺色の空と白い砂のツートンカラーが無限に続くかと絶望する景色と、夜は永遠の死の静寂と降り注ぐような星空だけだった。
その中で唯一、人工物として形を保って林立するのが超大型干渉電波望遠鏡の巨大なパラボラアンテナの群れだった。
ひとつの直径はゆうに30mはある。ガスタンクを横に二つ割りにして鉄のヤグラの上にあぶなっかしい角度で載っかっているような有様だ。よくもこんな物を砂地におっ建てようなんて考えたものだ。砂嵐で吹っ飛ぶとは思わなかったのだろうか。物好きにも程がある。
そして、それこそが俺達のメシの種であり、職場兼生活の場である。
同じ変な物が20基。宇宙から降り注ぐ無数のノイズをキャッチし、その中から“本物”を洗い出す。水量だけは莫迦みたいに多い大河から、鉱脈のアテすらないのに小さなザルで砂金を見つけようとするのとやってることはそっくりだ。
しかも、本物なんて滅多に見つからないところまでそのまんま。ところがその奇跡の“本物”がピンポイントで地球目指して飛び込んできた…今、まさにそういう状態なのだ。
「何事だよ、なに騒いでんだよミナカミ」
「なんだよチャーリー!アラートが聴こえてるならもっと早く起きてこい!!」
「ボロいインターホンだから音が割れて何叫んでるのかさっぱり…って、なんだよこれ、マジか!?」
「事情が飲み込めたなら、本部へ連絡して偉いさん達を叩き起こせ!」
「───遅かったよ、ミナカミ」
テレビ電話に出た事務長は起き抜けで眠そうというよりも、焦燥感で疲れ切ったといった顔だった。
「…は?遅いって、何が?確かにもう3時だけど」
「違う。ニュースを見てないのか?半月も前から大騒ぎだったのに」
「?」
「さっきついに世界経済が破綻した。もう空を眺めて過ごす余裕なんか無くなった」
「は、破綻!?」
「破綻さ、文字通り。国そのものが倒産。大国が斃れ、小国も連鎖的に潰れちまったんだよ。株券もカネも紙くずになり、すべてオシマイ、みな失業だ。だからそこも閉鎖だ」
「だ、だけど今。いま、何十年も待ちに待った異星人からのメッセージが宇宙の彼方から届いたんですよ!?」
「笑えんジョークだがつきあってやろう。で?宇宙人はなんて言ってきたんだ」
「ふざけるな、ジョークじゃない!! 本当だ。本物なんだ!! 大急ぎで大統領へ繋げ!いいか、いま宇宙人を電話口で待たせてるんだ。彼らは商売がしたいって言ってる。お客様なんだぞ」
「ははは。どうしてそんなことが解るんだ」
「話したんだよ。いっぱい。SFでよくあるだろ。彼らは地球のテレビ電波から何もかも学んだ。それで地球温暖化の原因も知ったそうだ」
「面白い。ヤツらは何語を喋ったって?」
「……日本語。大阪地方の方言だった」
事務長は画面の向こうで泣きながら腹を抱えて転がっていた。
しかし最初信じなかった連中も、夜明けの空に浮かんだ雲よりでかい宇宙船を見てはグゥの音も出なかった。どんなイリュージョニストでもこんなマネはできないからだ。
彼らは地球へ二酸化炭素を買いに来た。文字通り、売るほどある事を知って。
彼らの星は小惑星との衝突で多くの大気を失い、大変な寒冷化に見舞われたため温暖化を誘発するのに必要な大量のCO2を求めて宇宙に出たという。
衆議一決、地球は一丸となって彼らとの貿易を進めることで破綻した世界経済を復活させるべく、新たなスタートを切ることになった。皮肉な形だが無血で世界統一が成された歴史的瞬間だった。
数日後、史上初で制定された宇宙港に暫定世界政府の代表が居並ぶ中、美しい輝きをもった巨大なタンカー宇宙船が青空を反射しながら地球へ降りたった。
天使のように神々しい宇宙人はニコヤカに手を挙げ、全人類に流暢な日本語で挨拶した。
「まいど。もうかってまっか?」
《幕》