「それにしても長い五年だったなジョン。ここに比べりゃ地球までの退屈な半年の亜光速航行なんか天国だよ」
《幕》
船の展望室でヤンは眼下に広がる惑星フェニックスの紫色の大地を見下ろしながら、それまで仲間と味わった苦労を噛みしめつつ、遙かな故郷への郷愁に浸っていた。
「全くだ。せいせいすらぁ。しかも帰りさえすりゃ口座には当分は遊んで暮らせるだけのカネが振り込まれてる筈だしな。」
「当分?使い切るつもりかお前。俺は贅沢などしないからそれで一生食える。でなきゃあ誰がこんな星で働くもんか」
「その年で隠居かよ?この惑星を見倣え。もうすぐ“熱い太陽”に灼かれて溶けるものの、やがてはまた冷えて俺たちにとってのお宝の山に戻る。まさに不死鳥だ。俺たちも地球でまたリスタートするんだよ」
地球から離れること百余光年、惑星フェニックスは小さいが高温の“熱い太陽”と巨大だが低温の“冷たい太陽”が作る連星系の周りを彗星のように長大な楕円軌道を描いて地球時間で20年周期で巡っている惑星だ。
うまい具合に遠地点では熱い太陽からの光が程よく届き、近地点では冷たい太陽が絶妙のタイミングで“食”となって日傘のように熱い太陽の強烈なエネルギーからフェニックスを守りつつも適度なエネルギーを与えるのだが、近地点から再び楕円軌道に沿って離れようとする頃になると、それまで熱い太陽を遮っていた筈の冷たい太陽がズレる時がやってくる。
その時、近い位置で熱い太陽にまともに曝されたフェニックスはコアまでどろどろに溶けた上に、ふたつの重なった太陽の重力で徹底的に混ぜ返される事になる。
既存の全ては破滅するが、この20年ごとの“初期化”により宇宙のどこにもないお宝メタルが生み出され続けるのだ。
「さて。眺めてたってロクな想い出もない事だし名残も惜しくない。出航まで部屋で酒でも…あれっ?」
がらがらがら…ふたりの目の前をカートに乗せられ全速力で運ばれて行く大男を目で追いながら、後から追って行こうとする男を引き留める。「カイル!今の…親方か?もうすぐ出航だってのに、何があったんだ」
「なんだ、さっきの大立ち回りを知らないのか。親方、なにを血迷ったか突然下へ戻るって言い出してよ。最後の着陸艇も固定したし、超空間航法に入るまで時間もねぇからもう無理だって言ったんだ。そんなら一人でも戻るって血相変えてわめき出すし、危ねぇから止めようとしたのにワケの分からん事わめいて思い切り暴れやがるから、みんなで押さえ込んで何本かクスリぶちこんでやっと静かにさせたんだ」
「無茶するなあ。で?親方は何をわめいてたんだ?」
「さあそれよ、親方のやつ、看守を助けろっていうんだ」
「看守って…作業監視ロボットの事か?」
「もうこれで最後だからよ、今までさんざんムカせてくれた、あの忌ま忌ましい看守野郎に俺がいっぱい食わせて罠に掛けたのさ。騙しておびき出し、最下層の採掘現場に閉じ込めて来てやった。ははは、ケッサクだろう?もうすぐ“初期化”でヤツも溶かされて終わり。せいせいするぜ」
「な…ん…だと」話に同調してゲラゲラ笑う野郎共と相反して、見る見るヤンとジョンの顔色が青ざめた。
「そうさ、俺がこいつらとその話をしてたら親方も血相変えて戻るって暴れだしたのさ」
「…まずい…」「た…った、たた大変だ。助けに行かなきゃ」
「おいおいヤンにジョン、お前らまであの忌々しい看守ロボのチタンのケツが好きだったのか?」
「馬鹿野郎…!あ、あいつが俺たちと地球へ戻らなかったらどうなると思う」
「どうせ基地も工作機械も一緒くたに溶けるんだ。看守ロボットの一体くらい」
「おおお前らマジで知らないのか、百人の労働者に看守ロボットがたった一体だけの理由を。」
「値段が高いとか?」
「ああ。高いさ。会社にとってじゃない。俺たちにとってだ」
「?」
「あいつの電子頭脳こそが俺たちの勤務評定…ここでの働きぶりを記録して地球へ持ち帰るレコーダーなんだよ!」
「え。でも勤務評価は通信で地球へ送れるだろう」
「間抜け!光や電波でも百年、超空間航法でも片道半年かかる距離だ。どうして通信が俺たちを追い越せるんだ、馬鹿」
「で、でも超空間通信が」カイルはでかい図体で半べそをかいていた。
「それができない宙域だから企業が高い給料出して生身の人間を送り込むんだ。でなかったら他の惑星同様、アンドロイドとロボットプラントだけで充分だろうが。俺たちの五年…いや、往復の船旅も入れて六年間の労働が全部なかった事になる。ブツはあるが俺たちが働いた証拠がないから給料は出ない。会社にとっては万々歳だ」
「ふ、ふ、船を!」その場に居た全員が一斉に船のあちこちへと走り出した。
『船を止めろぉおおお!!着陸艇を!着陸艇を!!」
《幕》